スポンサー大募集中! 執筆依頼、取材、 転載・引用希望など、 お気軽にお問合せ下さい。 (年に一度日本訪問)
|
アイコン提供:
|
| 1. 人間はコンピューターに、コンピューターは人間にいかに近づけるか? |
このテーマを思いついたきっかけから、お話したいと思います。
それは、インターネットテクノロジーのディプロマを取得する為に、コンピューターのコースを受け始めた頃のことです。上は30代後半から、下は19歳。いろんな学歴や職歴を持つ、ほんとうにバラエティーに富んだ、個性的な面々の集まったクラスでした。年齢も、バックグラウンドも、出身地も違うクラスメートたち。授業以外でも親交を深めようと、とある日、アートセンター近くのレストランバーで、ビールを片手に語り合うことになりました。
そこで、たまたま私の目の前に座った、プログラミングの講師の一人。その時、ディベートのテーマになったのが、コンピューターに人間の感情をプログラムすることは出来るかということ。そして、ディベートが始まり…。
どんなに頑張っても、腕を抓られた時の「痛み」を感じるプログラムを記述することは無理だと言うその講師。抓る強さ、その人の過去の痛みに対する反応などを統計的に求めて数値化し、プログラムすることは可能ではないかと言う私。そう、この時私は、なんとなく、コンピューターと人間、いや、人間とコンピューターの類似性を見つけられるような気がしていたんです。
腕を抓られた時の痛みの度合いは、測定が可能でしょうか?普通に考えると、無理ですよね。人それぞれに、感覚は違うわけですし。でも、本当に違うのでしょうか?「痛いっ」と叫ぶ声の大きさや反応は違っても、全く同じ強さで抓れば、与えた刺激は同じということになりますよね。特定の刺激を与えるとういことは、コンピューターに於いては、特定のキー入力などで代用することが出来ると思います。
そもそも、痛いという感覚は、皮膚が刺激を受けた地点の信号を、脳に伝えて、痛いという感覚・反応が起こる。(生物学的、医学的に考えれば、この説明は正しいとは言えませんが、おおまかに考えてみるということで)コンピューターがキーボードなど、外部からの入力を受けて、その信号をシステムが処理し、スクリーンなどに結果を表示する。なんとなく、共通点があるような気がしませんか?
反応の違いは、それぞれの知覚の違い、過去の経験などによる痛みへの慣れ具合、その時点での精神状態などによるものだと思いますが、関連性を見つけて、データ化出来ないことはないような気がしました。でも、そこまで考えた辺りで、なんだか、人間の持つ感覚や機能の全てを、コンピューターが予測出来ると考えることは、少し寂しい気もしてきたんです。
話は少し変わりますが、私は昔、シティ・オブ・エンジェルという映画を観た時、味覚を持たないエンジェル役のニコラス・ケイジが、相手役のメグ・ライアンに、梨の味を尋ねた時に、何故かハッとしました。「梨は梨の味よ」と言うメグ・ライアンに「君の思っている梨の味と、僕が思っている梨の味は違うかもしれないよ」と言うニコラス・ケイジ。確かに、甘い、辛い、酸っぱい、苦いなど、同じ言葉で表現していても、私達はそれぞれ、実は、まったく違う味覚を感じているかもしれないんですよね。私が美味しいと思っている甘くて冷たいアイスクリームの味覚。でも、実は、他の人が全く同じように美味しいと思っている甘くて冷たいアイスクリームの味覚と私のものは、全く違うのかも知れない。上手く説明出来ないのですが、例えば色。お互い、全く違う色に見えているものを「赤色」という同じ言葉で表現することにしたとします。その色を見る度に、お互いが「赤色」と言うので、実際にお互いの目が捉えている色が違ったとしても、その違いに気づくことは有りえないですよね。まさか、お互いが入れ替わって、相手の目の感覚で物を見て、確かめることなんか出来ないですし。
そう考えた時、私も、人間の感覚をある基準で証明したり、表現することは難しいと思ったんですが、同時に、証明できないということは、全く違うと思っている人それぞれの感覚が、実は全く同じである可能性もあるのではないかとも思いました。そこには確かな答えが無いけれど、人間の痛みをコンピューターにプログラムすることと同じように、無理やり、人間の持つ感覚や機能を、コンピューターに例えて考えてみたら、意外な発見があるかも知れないと思いました。そうすることによって、人間の持つ感覚や機能を、今までとは全く違う角度から見ることが出来るかもしれないと思います。そして、人間の中に、一定の法則や乱数を利用したアルゴリズムでは表現出来ない機能があることを証明出来れば、面白いのではないかとも考えています。
所詮コンピューターは0と1で全てを動かす機械。人間の方が当然優れていると思いたいし、そうであると信じたいです。その為にも、このテーマの中で、0と1では表現出来ない、人間の素晴らしさを見つけることが出来ればと思います。
最近の教育は、誰もが予想出来る、理想的な答えを見つけることが出来る人間を作ろうとしているような気がします。でも、予想出来る答えを見つけたいのなら、コンピューターの方が優れているような気がします。私は、毎日コンピューターを使い、コンピューターがいかに便利であるかも知っています。それでも私は、コンピューターは人間に近づけない、人間はコンピューターに近づくべきではないと思いたいです。
最終的に、「0と1の世界では全く予想出来ない答えを見つけることが出来るのが人間だ」(人間は予測不可能な、無限の可能性を持っている)という結論に達することを、期待しています。
※今回、頭の中にある考えを、 上手く言葉で表現することが出来ませんでした。次回からは、具体的な例を挙げて、より身近で分かり易い話題を使って、このテーマを掘り下げていきます。上記文章を読んで、「何が言いたいんだかさっぱり分からない」と思われた方も、もし宜しければ、次回の話題を読んでみて下さいね。
|
2. こんなに似てる記憶のメカニズム?(執筆中)
「コンピューターに見る人間学」の内容の更新を希望される方は、下記ボタンをクリックして下さい。ページ更新リクエストが送信されます。 ブラウザの種類やバージョンによって、上手く作動しない場合は、恐れ入りますが、メールにて別途お送り下さい。
|